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テレビの気象予報士の皆様が、
連日のように“この冬一番の寒気”と口にするようになって久しい今日この頃。
「……。」
昔からあんまり暑い寒いを気に留めることはなく。
手足が凍えると動きが鈍くなるのでかなわぬという程度の意識しかしなかったし、
そうかといって厚着をすれば
異能の制御も自身の身ごなしも面倒になるというのがまずはの念頭に来たほどで。
それだから ぶっ倒れるんだ、
手前は自分のことを丈夫だと思ってるようだが
それって気が張ってる間だけのことだからな、と。
中也さんからさんざん叱られていた折も、
そんなこと、
彼の人からも挨拶代わりのように常に言われておりました、と
胸の内にて思いはしたが、
“言い返しまではしなかったなぁ。”
上司であり世話になっている人である中也への口ごたえなんて不遜だからとか、
わざわざ問答とするのも煩わしかったからとかじゃあなく。
するりと引き合いに出せるほど
記憶の一番手前へ焼き付いていたものに未練がましさを自覚して、
そんな自分へ言いようのない焦燥を感じたから。
思慕なのか怨嗟なのかもはや判らないほど深くて重い感情に、
自我を凌駕し理性を薙ぎ倒す勢いで、衝動的になりかかるほど囚われていた人で。
でも、捨て置かれたことが傷心を呼んだのはもっと意外で
そうか自分は結構慕っていたのだと、
評価されないこと、悔しいより切なかったのだと。
泣くことさえ口惜しい我の強さと
寂しいという気持の鬩ぎ合いだったから尚更に辛かったのだなぁと。
すっかりと落ち着いたからこそ振り返ることも出来る
今現在の立場や状況が、
「…。」
胸の底へ微妙な羞恥を呼ぶほどくすぐったい。
昨日に劣らず今朝も寒いのだろう、
時折吹き抜ける寒風の立てる唸りが、気密性が高いはずのサッシの向こうから届くほどだし、
まだ起き出さぬまま気配を嗅いだ室内も、静けさの中に仄かな冷気を満たしている。
とはいうものの、横になっている寝床は暖かく、
耳朶や鼻先が毛布から出ていて冷たいということもない。
ぬくぬくとはこのことという判りやすい見本のように、
自分をくるむやさしい暖かさに捕まって、微睡がなかなかキリよく覚めないが、
起きて支度をしなければと、もぞりと身じろいだところ、
「…もう朝なのかい?」
寝起きのくぐもって掠れた声でも、こうまで響きがいいとは何と罪深いお人かと。
目が覚められたようなのに、このまま勝手をするのは気が引けて、
身動きを止め、向かい合っている相手をその懐からそおと見上げる。
長年の慣れでだろう、少しも緩んでいないまま首元へ巻かれた包帯が
寝間着代わりのシャツの襟ぐりから覗くその人は、
それは雄々しき益荒男というよな体格ではない、
むしろ痩躯と言われかねぬ すっきりした肢体の伊達男で。
なのに、こちらの身を余裕ですっぽりくるみ込めるほどの、
それはそれは頼もしい懐ろをしてもおり。
自分だってそれほど小柄ではないのにと、不思議に思いつつも
この人にこうされるのは、何とも言えず幸せだなぁという陶酔感に浸れて、
あのその、正直に言えばとっても心地よくって 気に入りで。
こういう供寝を始めた当初は、
身に刷り込まれた用心や警戒云々以前の あまりに慣れない状況や、
畏敬する相手だというにという緊張に ただただあたふたしたものだったが、
今はこの、甘く優しい匂いのする温かい空間に寄り添うとむしろ落ち着く。
そちらもまだ目は開かない段階か、
放っておいたら再び寝かねぬ呼吸のままの御師へ、おはようございますと挨拶の辞を贈れば、
それはほのかな反応で形のいい口許がほころんだ。
「今日は非番だよね?」
「はい。」
なのに起き出すなんてということだろうが、
予定がなくたって起きているのにと小さく笑っておれば、
「出掛けるの?」
「はい。」
「あ。そういえば敦くんも非番だ、待ち合わせ?」
はいと頷けば、いいなぁと羨ましがられる。
非番が…というのではないようで、
「そういや私とキミの非番はなかなか かち合わないよね。
私そんなに日頃の行いに問題あるのかな。」
「…天罰なのですか?」
そんな大仰なとますます怪訝そうな顔になると、
再び“ふふー”と笑ったそのまま、こちらの短い前髪の下、額へ口許を当てられる。
それはさすがに頬やら耳やらが熱くなるので、
「あ、朝餉の支度を。/////////」
焦ったように身を起こすと、背へと回されていた腕は抵抗なく離れてすべり落ちた。
きっとまだ笑っておいでなのだと見なくとも判る彼へ、
赤くなったままそれでも掛布を直してやってから、
自分ひとりなら意識もしなかろ暖房をつけると、
顔を洗いにと洗面所へ逃げるように向かってのそれから。
「〜〜〜。//////」
米は炊けてるから総菜をと冷蔵庫を開け、
玉子や昨夜の煮物の残り、冷凍庫に作り置いてた茹でたブロッコリーを取り出し、
出し巻きを焼きつつオーブントースターでブロッコリーのチーズマヨかけをこんがり仕上げ。
大根の千六本でみそ汁を仕立てて、
顔を洗ってきた太宰と向かい合い、さあ食べましょうと手を合わす。
それほどの間合いを取ったというに、
「僕は、」
「んん?」
「特に何処かへ出掛けるとかしなくとも、
毎日のように太宰さんとお会いできるのが、
……嬉しいです。///////」
どの会話への返しやらというほど、随分と間が空いた答えをもしょもしょと返せば、
なのにちゃんと太宰へは通じていて。
途中でもぞもぞと言い淀んだ末の感慨へ、
蓬髪の下、感情豊かな目許をたわめて嬉しそうに微笑い、
「う〜、欲がないんだから相変わらず。」
私なんて美味しいものを食べればキミにも食べさせたいと思うし、
似合いそうな服を見かければ着せてみたいと思ってしまうし、
なかなか感じのいいコンサートのポスター見れば一緒に行きたいと思うのに、と。
あれもしたいこれもしたいと思うらしいこと
片っ端から衒いなく口にして。
なのにもうもうと駄々っ子のように悔しがり。
とりあえずは仕事に出ねばならぬ身が口惜しいのか、
食器を下げて流しの前へ立つ青年の、
細い肩口に腕を回し、薄い背中に貼りついて見せたお茶目さよ。
図体はでかいのに幼子のような甘えようを示す彼なのへ、
邪険になぞせず困ったなぁと小さく微笑った芥川。
「今日も寒いですよ。」
常のあの長外套ではなく、極寒用の厚手の外套を着せ、
笑顔や愛らしい小首傾げで玄関へとさりげなく誘導されるの
甘んじて受けつつも、
「何かあったら連絡してね?」
何もなくてもキミからの電子書簡は嬉しいなと、
表情豊かな目許を眩しげにたわめて笑い、甘い睦言囁いて、
ではねとドアの向こうへ発ってゆかれるまでの一通り。
手慣れたように見せかけて、その実、
「〜〜〜〜〜〜。////////////」
上がり框の縁へすとんと膝をつき、
はぁぁあぁと吐息をつくほどに、実はまだまだちょっとほど緊張している青年だったりし。
“ああまで弛んだ態度でいてくださるというのになぁ。”
無論、演技というものではなかろう。
むしろ屈託なく胸襟を開いてくださっていてのことで、だが、
日頃それが自然体であるほど、呼吸するよに油断しないでいるお人には
かなり無理をさせているのではないかとついつい思う。とはいえ、
“〜〜〜いかんいかん。////////////”
余裕なんて烏滸がましいものではないけれど、
意識しない幸せというものは安寧を呼ぶのだと
先だって偉そうに宥めたのは誰だったのか。
頼ってくれないのが寂しいなんて言ったのちゃんと覚えていて、
それでという甘えたな素振りなのかも知れないのだ、
だったら云ったなりにこちらもしっかり余裕を持たなきゃあ本末転倒、
弛んでちゃあいかんと白い頬を軽く叩いて、
“………ああ、でもなぁ。////////”
こぉんなに幸せでいいものか、そのうち罰が当たるんじゃなかろうかと、
叱咤するために頬を叩いたその両手、
添えたそのまま頬を埋めて覆うようにし。
昨夜、この玄関でのお出迎えへ
にこやかに降らせてくれたおでこへの触れるようなキスとか、
着替えたシャツの襟ぐりを直してくれた折に触れた指先の乾いた感触とか、
二人しかいないのに、間近へ寄っての内緒話みたいに紡がれた、
低められてた声の甘い響きだとか。
じんわり噛みしめているの、
“…………う〜ん、可愛いねぇ♪”
そのくらいは玄関先からなかなか立ち去らない気配で判るらしい誰か様。
出てすぐの壁に凭れ、参ったねこりゃあと甘酸っぱいもの含んだようなお顔をし、
そちらもそちらで やに下がっていたりするのである。
to be continued. (18.02.04.〜)
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*芥川さんちの朝の風景でしたvv
おかしいな何でこんなに尺取ったんだろうか。リア充はこれだから。(笑)
あんまり関係ない話を少々。
もーりんはご多分に漏れず、
太宰さんの麗しい容姿と奇天烈な言動に惹かれて“文スト”にハマった派なのですが、
色んな方が描いたり説いたりする 色んな太宰さんを知るにつけ、
太宰さんが独占欲強くて、ついでに歪んでて、
利己的過ぎて誰かを傷つけるよな悪者になってしまう話は
どんなに好きな作家さんの珠玉の作品でも読後感がよくなくて…。
(敦くんや芥川くんをダシにしたりもて遊ぶなんてもってのほか。)
私にはヤンデレ話は到底書けないなとか思いつつ、
情けない太宰さんには何ともないのが困ったもんだと、
こないだ書いた話で自覚しました。
最近では太宰さんが右ポジション(受け側)でも構わなくなってる辺り、
こんな好かれ方はご本人様も嬉しくなかろうと思うくらいです。
(逆CPネタは鬼門で地雷な人、すいません・笑)
勿論、ただ情けない人じゃあなくって。
普段は女房の手のひらの上で転がされてる昼行燈でも、
危急の時は途轍もなく頼もしいってタイプだと最高で。
例えば『シ/ティー・ハ/ンター』の 冴羽さんとか〜vv

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